「ネクタイを締めることに何の意味があるんだ？」
「まだ首が繋がっていることの確認なのさ」
- ネクタイ 03/06/04
ネクタイとは首を締めるものではなくて気を締めるものである。
しかしその目的に役立っているかどうかは疑問が残る。目的以外の使い方をされることも多い。手を縛るものではなくて確かに首を縛るものではあるが、首を縛ったからといって精神まで縛られたわけではない。ネクタイを締めると自然に姿勢がしゃんとして所作が優雅になるというが、それは気のせいであって、誰も言わない事実とは、単に窮屈であるだけのこと。
それでも「私はあなたに首ったけ」などという言葉にころりと騙され鵜の如き扱いを受けながらも健気に働く人々はネクタイを男の自己主張として隠れたところでいろいろ気を使う。
よく「同じ服を着た女が鉢合わせする」というネタがあるが、同様に「同じネクタイを締めた男が鉢合わせする」時の複雑に変化する表情は一見の価値がある。違うスーツであっても余程のことがない限りは、スーツには注意を払わず、ネクタイの一点だけを見ているから同じであれば戸惑うのである。あれだけ様々な柄を売っている中の、どうして全く同じものを締めているのだ貴様は。
さて、如何なる事態にも表情一つ変えず、立ち居振舞いが静謐な紳士である為に締められるネクタイは、それに代わる有効な形式を生み出すことが出来ないまま、何故か大人の男の証として、誰もが馬鹿馬鹿しく思いながらもその慣習から抜け出すことが出来ないまま、今も有効に機能していると言える。このネクタイというもの、爺さんがぶら下げている紐のようなあれは論外として、締めれば苦しくて動きが制限され、窮屈であるが故に、結果として落ち着いた振る舞いになるのである。従って、だらしなく緩めていたり右へずれたり左へ跳ねたり裏返っていたり肩に担いであったりポケットにねじ込んであったりシャツの合わせ目に突き刺さってあったりベルトに巻き込まれたりしていれば、「落ち着いていない振舞いをした人」であり、紳士と呼ぶには相応しくない事が証明される。そしてこの判断法は割に長い間機能していたが、創造の国、極東の独自の服飾文化をあっさり捨てた人々にあっては、ネクタイピンの使用が広がり、その国に於いてネクタイを締めることの意味がなくなっている。
「どんなに動いてもネクタイは乱れません」
ネクタイピンでネクタイをがっちり留めれば、いかに姿勢が悪くとも、ネクタイが二回転半のひねりをかますような動きをしても、まっすぐ正面を向いて社章か何かがきらりと光る。立ち居振舞いが紳士らしくなくとも、本物の紳士であっても、ネクタイは乱れないから落ち着いた人か落ち着かない人かの判断が出来なくなる。
つまり、ネクタイピンをしている人は「私動作が乱暴ですよ」「姿勢が悪いです」「服装の乱れを全然気にしません」「紳士じゃありません」と表明していることになる。にも関わらずネクタイピンをしていなければ「タイピン買う金もないの」この国で紳士であろうとする人には茨の道であると言えようか。
手前は紳士であるからネクタイピンはつけない。
そして紳士ではないからネクタイは締めない。
- ネックタイ 03/12/19
ネクタイの結び方というものは男が直面する精神的階段のひとつである。
中学校高等学校で詰襟の学生服を着ていたならば、大学の入学式なりで初めてネクタイを締める際の照れくさい緊張とうまく結べないもどかしさは、女が初めて化粧をしてみた時の感情に似ているかもしれない。学生時代にブレザーであったならばそれが少し早まることになるが、中にはネクタイの形をした偽物もある。プラスチックの留具で「ぱちり」と留めるとネクタイを締めているように見えるが実は、結目が最初から完成している。あれは実に侘しいもので、だから本式に自分で結目を作って締める事はひとつ成長したと勘違いする為の象徴であった。
さて、背広を一式買うと、必然的にネクタイも買うことになる。プロの見立てで最も無難な、確実に売れ残っているものをこの際に処分してしまおうとする弁舌に抵抗出来る者はおらず、付添いの親は「嗚呼ここまで成長したのね」と感慨に耽っているから言われるがまま、縞々のいかにも情けないネクタイを押し付けられるわけだが、このネクタイを入れる袋には御丁寧なことにネクタイの結び方の絵が書いてある。なにやらノットかにやらノット。
大体あの絵を真似したところで確実に団子となるからあれこれ自分で勝手に試してみることになる。出来た父親ならば結び方を伝授してくれるかもしれない。一子相伝の、この結び方が家風なのだと、こちらも父親は感うところがあるに違いない。母親が締め方を教えたくてうずうずしている場合もあるだろうが、その年頃の男は母を避ける傾向にあるから拒否すると、母親は「やっぱり大人に・・・」と勝手に暴走しているからこれは放っておいてよい。
さて、ネクタイの結び方なのだが、手前は結び方が色々あることは知っていたが、それぞれに名前が付いていることは知らなかった。しかし名前の付いている結び方は全てうまく行かず、一応結べても抜き取った際に固結びが残る場合が多い。だからネクタイを買ったその日は、おそらく皆も同様であろうが一日中結び方の研究をしていた。ネクタイの各部の名称は、太い先が主端、細い先が従端、そして結び目となる。不思議なことに形がうまく決まった場合は必ず従端の方が長くなってしまう。
手前が締める時はプレインノットとウィンザーノットの間のエスカイアノットの変形なのだが、結び方の要諦はつまり「形良い三角の結び目を作ること」にある。前に後ろに右に左にあれこれ試して見栄えの良い形が完成したらあとはそれを覚えるまで繰り返して練習するだけだ。当然一度成功した結び目を解いてしまうと再び同じ形を作ることは困難なのだが、そこは一日集中すれば自分の型が決まる筈だ。
稀に結び目が太すぎる者もいる。背が低く顔の大きい者が顔を小さく見せようとしているらしいがあれは無様というものである。ネクタイの三角の形、それはハイレグ型が望ましい。また「示」のような複雑な凹みは一種の曲芸であるから下手に真似をしても皺にしか見えないので注意するように。
- ネクタイ結び方 03/12/20
ネクタイを結んだ際表にくる太い先を主端、細い先を従端と呼ぶ。そしてネクタイの結び方はうまく三角を作れるかどうかに全てがかかっている。そしてうまく三角を作る事が出来ても、通常ネクタイを外す際は引き抜く場合が多く、そして引き抜いた際に結び目になってしまわないような結び方が望ましい。
代表的な三種の結び方、「プレイン・ノット」「ウィンザー・ノット」「エスカイア・ノット」は全て、引き抜いて引っ張ると結び目が出来ずに捩れただけの状態となるものだ。襟を立てて表を外にして首に巻くこと、そして従端を右主端を左にして主端を従端の上から被せるのは共通だ。また従端と主端を合わせるところは主端側の裏に縫目が来るようにすればよい。
「プレイン・ノット」は最も簡素な結び方で通常幅の襟やボタンダウンなどに合う。主端を従端の下に回してそのまま左に回す。もう一度左から右に前を回して交差した上から結び目の一番前のすぐ裏を通して結び目を締める。最も単純な結び方であはあるが、実はこのプレイン・ノット、三角が歪なので見栄えは良くない。正面から見ると左上の角が上がり過ぎるのだ。
「ウィンザー・ノット」幅広のネクタイに相応しい。結び目が正三角形になるからワイドカラーに向いている。主端を従端の上から右に巻き、交差した上から出す。出したら従端の右から後ろを回って左に持ってくる。そして従端の左から交差の中に前から通す。主端は裏返っているが、これを左から従端の前を右に巻く。そして結び目の一番前のすぐ裏を通して結び目を締める。これは最も凹みを作りやすい。
「エスカイア・ノット」上二つの間をとる大きさの結び目となる。主端を従端に巻き、従端の左まで巻いてから交差の表から裏に通す。主端を従端の左から再び右に巻き、主端を交差の裏から結び目の一番前のすぐ裏を通して結び目を締める。形は良いが、結び目の下を補足すると段になってしまう。
手前の巻き方は次の通りだ。主端を従端に巻き、左前から交差の中へ通す。裏返っている主端を従端の右に出し、交差の前から中へ通す。まだ裏返ったままの主端を左側から結目の前を右に巻き、交差の裏から結び目の一番前のすぐ裏を通して結び目を締める。どんな名前が付いているのかは知らないが、この結び方は凹みを作ろうとすれば作れるし凹みなしでも様になる。結び目に右から左から一回づつ巻いているから三角形の形も良く、結び目の下も極限まで細くすることが可能だ。ネクタイを引き抜いても団子にならないので気に入っている。
以上の右左は全て本人から見ての方向である。正面を向いて「ネクタイを締めてあげたい」と考える淑女或いは悪女にあっては、この右左と前後を入れ替えて考える必要がある。陰でネクタイと自分の太腿を使って練習に励むがよろしい。あまりに鮮やかに結ぶと「妙に結び慣れた奴」と思ってしまう場合もあるから、最初の二・三回は何度かやり直す振りをして、やがて「特訓したからもう完璧」とでも言えば単純な男は感動して折角結んだネクタイを引き抜いて後は双方野獣となるがよい。
- 女から見たネクタイ結び方 04/03/05・06・07
匿名希望さんよりリクエストがあったので、向き合った正面からの、つまり女視点のネクタイ結び方を一種類だけ解説しておく。
プレイン・エスカイア・ウィンザーは有名であろうからここでは取上げない。またここに書く結び方もごく自然に「その結び方やってる」という向きもあるだろう。ここに書くのは「男のネクタイを締めたことはないが、将来の為に練習しておきたい」という健気なオナゴに対する応援歌だ。
さて、ネクタイなど最近では百円均一店で笑いも引き攣るデザインの物が売られているから一本買ってこよう。その際は「フォーマル」と書かれた真っ黒のネクタイを選べば後々役に立つこともある。よく見ると黒一色でも表面の織り模様が微妙に違っていることに気付く筈だ。好みを選ぶとよい。女性でも上手く組み合わせると洒落た格好の手助けとなる可能性もあるので、一本ぐらい持っていても損はない。
ではまず買ってきたネクタイを袋から出し、値札や値札みたいなものを全て外す。ネクタイの裏に意味不明な文字が書かれたタグがついているわけだが、このタグは如何に醜悪であろうとも切り取るべきではない。どうせ見えないのだから外す必要はない。
そしてネクタイの太い端を「主端（しゅたん）」、細い端を「従端（じゅうたん）」と呼ぶ。仔細に眺めていると、表なのに何故か縫目のあることに気付くだろう。これは何だと疑問に思ってはならない。「結ぶ時の大体の目安」くらいに理解しておればよい。
ネクタイは主端と従端を左右から首に巻く以上、それぞれプレイン・エスカイア・ウィンザー全てに左右対称の結び方が存在する。対称であるが故に左右を逆にすれば同じ手順であるから、一般にネクタイの結び方を説明する時は、巻く本人の右手側に従端、左手側に主端が来る形で統一されている。これを向き合った男の喉元を眺めながら今正に締めんとする女から見た場合、左手に従端、右手に主端を持つことになる。男が居らず、ただの練習である場合、右足でも立膝にして膝小僧の下を首の裏、太腿の上端を喉元と想定して練習したまえ。
もうひとつ約束事がある。最初に主端と従端を絡ませる時は、「主端を上から巻くように始めること」だ。下からでもよいが、それは別の結び方になってしまうし、やり方が拙ければ引き抜いて解く際に団子になる可能性がある。
では実際に進めてゆこうか。男の首に巻く時はシャツの襟を立てる必要があり、女がネクタイを手にして構えた場合、男が自主的に襟を立てることが多い。大抵の場合照れ隠しであるが、男が自分で襟を立てなくなると、「甘えている可能性」と「家政婦扱いしている可能性」の二つが考えられる。さりげなく「襟ぐらいは自分で立てるように」と調教したまえ。
話が進まないのだが、ついでにもうひとつ、ネクタイの結び方を完全に支配した場合、浮気を見抜ける可能性が高くなる。引き抜いて団子にでもなったら確実にどこかでネクタイを外した証拠である。また貴女が浮気の対象であった場合、ネクタイは誰が締めているのか確認しておくことだ。「自分で締める」と言うならば問題はなかろうが、「嫁任せ」であるならば、その結び方を完全に習得する必要がある。創意溢れる結び方をする本妻に見破られないよう精進したまえ。人生は戦いなのだよ。
ネクタイを最初首に巻く時は表を表に首に巻く。つまりネクタイの縫目が走っている裏側を襟に押し付けて隠すようにする。また襟は後程折り返すので折目でネクタイを折らないように、立てた襟の下半分に巻き付けるようにする。
そろそろ締め方にかかろうか。今貴女は右足を立膝にしてネクタイの従端を左手、主端を右手に構えているところだ。いいですか？では首の後ろにかけるつもりで膝小僧の下にかけてみよう。そして左右の長さを調整する。主端側を回して捻って出して捩ってと括り付けるわけだから、主端側を長く取る必要がある。ではどのくらいの長さが適当か。ここで先に不審であった表面の縫目が登場する。従端も主端も女から見えているのは表の面で手前に引き気味にしながら従端を下に、主端を上にする。この時に主端の縫目は右上から左下に走っている筈だ。この縫目の右上端を重ねれば長めの結び方となり、左下端を重ねれば短めの結び方となる。交差させると主端は左に従端は右側に出る。
ようよう長さが決まった。実はここまではネクタイ結び方の解説ではよくある一番最初の絵であって、言葉の定義はおおよそ済ませたからあとは加速する。
さて今、左に長い主端がある。従端は右側にあるが、その右側とは相対的な意味であり、実際はほぼ真っすぐ手前に伸ばしてある。主端は縫目のところで従端に引っ掛かって下に折れ落ちているだろう。そして右手で主端を従端の下から掴みに行く。交差させたところは後々結び目の骨となるところだからくれぐれもずれないように心を配りつつ、「従端を主端の縫目で一巻きした形」が出来て右に主端が裏を見せて出た。「一巻き」とは、一周半ではなくてUの字形のことだよ。この時もそうだが従端は以降ずっと表が見えたままであることは以降省く。実はここまでの結び方はほぼ全てに共通なのだ。疲れた。
では次に、左手にしっかり従端を持ったまま、右手の主端を上から喉元に落とし込む。Ｙの字の右上の線を右下から上に巻く。主端は表裏を厳密に扱えば扱うほど結び目の仕上がりが綺麗になるので表裏を不用意に捻らないこと。さて落とし込むと従端の向こう側に主端が裏を見せて垂れ下がっている筈だ。違えばやり直せ。ここまでは「セミウィンザー」と同じ。
ここで左手の従端右手の主端を左右ではなく前後に開くようにしながら引き絞ると巻かれたあたりが結び目らしくなる。
今度は主端をＹの字の左上の線を巻くように、左下から出して上に落とし込む。また同じように従端の向こうに主端が裏を見せて垂れ下がっている筈だ。
ここまでをごく簡単に言うと。
一、Ｙの字の下の線を上から巻いて右に出した
二、Ｙの字の右上の線を右から巻いて中に落とした
三、Ｙの字の左上の線を左から巻いて中に落とした判る人ならこれだけで十分判るだろうな。とても空しいわけだが気力を振り絞ってみる。
さて、ここが大切だ。ここで従端と主端をしっかり持って結び目を引き絞る。結び目といっても単に巻いたところが寄り集まっただけだが、ここの形が綺麗な三角形になっていれば勝利はもう見えている。三角形に見えないならば、どこかで間違えたか引き絞り方が違ったかのいずれかであるからやり直せ。
いかなる結び方に於いても巻きの最後は同じ手順であって、そこに至るまでの僅かな違いで結び方の名前の違いとなるのだが、いずれの結び方でもこの最後の一歩前の段階では結び目となるところが綺麗な三角形になっていなければならない。ここで三角形が崩れていたら失敗なのだ。
ここで解説している「セミウィンザー改・エスカイア風」は「Ｙ」の字の三本線にそれぞれ一回づつ巻き付けるというバランスのよい結び方であるから、三角形は最も簡単に形良く作れる筈なのだ。もしこれで失敗するならば貴女の前世はトカゲか輪ゴムに違いない。
ではいよいよ佳境だ。従端の向こうに裏を見せて垂れ下がっている主端をYの字の右から出して、今度はYの字の下の線を上から巻く。ここで巻く時はもう仕上げに入っているから三角形の結び目の上を隠すように巻く。自分の顎を掠るようにしてYの字の左に主端を回す。この時、左手親指は結び目を押さえておいて、左手親指ごと結び目を巻く。
そのあと結び目と従端は相手の喉から垂直気味になるよう左手首を持ち上げ、左手の左に垂れ下がった主端を右手で下から掴みに行き、掴んだら裏から回してＹの字の上からアッパーパンチを出す気分で喉元から手前に引き摺り出す。出したら間髪入れず結び目を押さえたままの左手親指の隙間に主端の先を捻じ込み、そして真下に主端をずるずる引き下ろす。
これで形になった筈だ。後は結び目の下、つまり逆三角の下の角を摘んで主端を引き下ろすと結び目が締まり、後は結び目の下を摘んで従端を引き下ろすと結び目の位置が上がる。ここは左右にずらしながら調整すればよい。
あとは仕上げとして、襟を折り戻し、結び目を整え、結び目を上げる。この「セミウィンザー改・エスカイア風」の大いなる利点として、引き抜いても団子にならないのは当然のこと、如何なる材質のネクタイであっても、太くなり過ぎず、細くなり過ぎない。しかし結び目を前後に潰し気味に押せば太目の結び目になるし、左右から押しつぶせば細い結び目に出来る。しかも凹みを作ろうとすれば作れるし、作らない形でも綺麗に纏まる。これ以上の結び方があるなら教えて欲しいものだ。
従端は主端の裏にあるタグに差すとずれなくなる。しかし従端をシャツの第一ボタンと第二ボタンの間から中に差し込む方がスマートに見えることを付け加えておく。
というわけでこれをもって未来の淑女に対する応援歌を終わる。
※前中後編を合わせました
- ネクタイ緩め方 04/06/07
ネクタイだが、外す際に従端を引き抜いてしまうのは行儀がよくないとされていて、少し弛めてから輪から頭を抜いて結び目を丁寧にほどくのが正式な作法であるそうだが、そもそもネクタイを外す行為自体が行儀とは無縁のことであり、となると外し方を気にする必要はない。
しかしながら粋な外し方無粋な外し方というものがあり、これは様々な映画などで研究するうちに身に付くものである。研究とは言っても単に「この振舞いは格好良い」と思ったものを真似するだけのことだからネクタイに限らず煙草の吸い方やグラスの持ち方などが定番で、そう言えば「恋する惑星」で煙草を放り上げて咥える仕草は随分練習したもんだ、火をつけたまま成功するまで徹底的にやりこんだのに今試してみたら成功率は二割程度だったからまた練習しておこうそれにしてもあのエンドロールのNG特集好きなんだよな、ネクタイの格好よい外し方というものは、通常意識することはない。
ネクタイを結ぶ際に鏡を見る男でも、外す時に鏡が必要な男はいない。結び方を知らない女に結んでもらったはよいが緩めさえも出来ないから結び目と格闘しなければならないといった状況ならば鏡を見るだろうが、そのような場合に粋な外し方など不可能だから計算に入れることはない。鏡を見ずにぐいと緩めてそのまま引き抜くのが最もありふれた方法で、しかし映画で見る所作とありふれた所作は明らかに何かが違うことに気付く。
緩める際にはまず結び目を下にずらす必要がある。この動作は利き手の指で咽喉元の結び目を上から押し下げるような形になるが、真下に緩めることは出来ない。従端を右にして巻いている場合、結び目は左に引きながらでないと下りてこないのだ。ここの所作で結び目を左に右に振り回すのは見栄えがよくない。車庫入れは何度も切り返すより一発で決める方がよいことからして、緩めるのは一度左に下ろすだけが落ち着いている。結び目を左右に振りながら首を対向にいやいやと振る姿は格好悪い。その前に結び目に指を捻じ込むとき顎を突き出す姿は更に醜い。
あれやこれやの映画でネクタイを緩めるシーンとは、その直後に頬も緩むことが約束されているからあまり注意を払うことはないが、格好良い緩め方ならば首の振りが小さいか殆どないことに気付く。確かに口吻を交わしながらネクタイを緩める場合に首を左右に振ってはいられない。
親指を結び目の下から捻じ込んで緩めるやり方も見たが、あれはネクタイを握り締めているように見えて洗練とは言い難い。結局上から結び目に捻じ込むのがよいが、そこでどの指を使うかで逡巡する。人差指だけ、人差指と中指、中指だけの三通りに集約されるわけで、小指を使うのは気障の極地で方向性を間違えているから避けるべきだ。またどの指のときでも使わない親指や小指を漫然と遊ばせておくのではなくて開き気味に曲げ気味にすることがスマートに見えるようだ。つまり手の甲にある骨や血管を浮き出させようとしてキーボードをタイプする際のホームポジションにある形からそのままぐっと力を込める具合、この形を維持したまま結び目に捻じ込むのだ。
女性の言う「ネクタイを緩める姿が好き」なる理由は「緊張を解く」だけではなくて、「筋フェチ説」「血管フェチ説」があるのではないかと考えたが、違うかもしれない。だって淑女の皆様、緩める為結び目に捻じ込まれる指は、無意識に別の行為を連想させるではありませんか。ならば結び目を小刻みに激しく緩めると何らかの化学反応が起きてもよい筈ですが、とても無様なのでこれも違うようです。
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