「伝統だ?馬鹿馬鹿しい」
「伝統の中には様式美があるのさ」
- 祝いの言葉 03/03/06
忌み言葉というものがあって、これが混乱の元である。
アタリメというものが何かわからない頃は、ただの烏賊だと思っていた。それが果たしてその通り、「スルメ」の「スル」が「掏る」に繋がるからと縁起良く「当たり」に衣替えしたものだ。
「電話を入れる」という表現も「電話をかける」では「欠ける」に繋がるのでよろしくないと生みだされた結果だ。
こんなことをしていたら終いには何をどう喋っても忌み言葉に繋がってしまうので、きりがないし何よりも決まりきった退屈な言い回ししか使えなくなる恐れもある。
と思ったら既にそういう間抜けな場面があることに気付いた。結婚式の祝辞だ。
とにかく縁起の悪い言葉はすべて言い換えるか使わない。すると誰が何を喋ろうとも似たような安全なおよそ聞く価値のないくだらない話を延々とやられているうちに、列席者はいつものことだから聞きもせずそれぞれのテーブルで勝手な話を始める。列席者が級友と話が弾むなり新しい人脈を開拓していたりし、そのざわめきを新郎新婦は盛り上がっていると勘違いし、仕出し屋は食中毒が発生しないように祈り、受付は祝儀を必死で守り、新婦の父が涙を溜め、司会者が欠伸を堪えている中で、スピーチの本を買ってきて必死に推敲を重ねて何度も何度も練習した退屈極まる祝いの言葉を述べる人がいる。この人にこそ拍手を送りたいと思う。スピーチを頼まれたその人はおそらく新郎新婦より晴れがましい気持ちだっただろう。
これだけさまざまな情報があり、多種多様な結婚式が渦巻いている中、結婚式のスピーチに代わる有効な時間潰しの方法が未だ確立されていないのは、おそらく誰も文句を言わないからに違いない。
忌み言葉を極限まで排した結果、洗練されたとはとても言えない飾り言葉に包まれた中身のない祝辞を今日も明日もどこかで垂れ流されているだろう。
何か新しい祝辞を考えようではないか。
「新郎新婦のご両人。本日は結婚まことにおめでとうございます。さて、結婚するうえで大切にしなければならない【袋】が三つあります。御存じですか。まずひとつめは【胃袋】。どんなに不味い料理でも歯を喰いしばって笑顔で『美味しいよ』と言わねばなりません。その為に日々胃袋に気を使い、ひたすら耐えねばなりません。ふたつめは【寝袋】。口喧嘩なり殴り合いなどして家を閉め出されたときに必要です。また、家具一式を持って実家に帰ってしまわれた時にも大変役に立ちます。そして最後は【祝儀袋】今この瞬間にも狙われているかもしれませんが・・・」
- 喪主挨拶 03/08/23
本日は生憎の雨にも関わらず御多用の中を御弔問下さりまして誠に有難う御座います。
私、岸利通は生涯を閉じる前に是非、自分で自分の葬式を済ませておこうと本日の仕儀と相成りました。何しろ生前葬でありますから、まず喪主を誰にするかでモメました。その前に「生前葬をすることの意義」でもモメました。しかし私が死んでこの世間知らずの妻が式を切り回せるかどうか、葬儀屋にぼったくられるだけではないか、それに息子の修と娘の明都に対して葬儀に於けるマナーを勉強させるいい機会ではないか、私が本当に死んだ時は何もしなくていい、それに香典がごっそり入る。当然香典返しをしなくてはなりませんが、この仕組みを世間知らずの妻と子供たちに勉強させるいい機会だと。それに香典なるものは遺族が受け取るより本人が受け取って使う方が合理的であります。そう言うと猛反発を喰いましたので、本日お越し頂いた皆様の「お心」は、この生前葬が終わり次第、サイパン往復六泊七日ファミリー割引セットに化けることになっております。これもハワイかグァムかサイパンかでモメました。あ、怒らないで下さい。ホントに死んだ時葬式はやりませんから。香典の前借りと言うか・・・あはは。
こほん。いざやるとなったら私の衣装でモメました。やはり礼服だろうか。お棺の中に白装束で額に三角付けたいと言うと「悪趣味」と言われました。お棺は結局諦めまして、せめて白装束が着たいと訴えますと「ああ、切腹する時着る奴ね」妙な知識はあるみたいで。何だかんだ言って結局こうして純白のタキシードを着ておるわけですが。純白なので保護色になってしまっておりますが、ここのポケットのこれは白い菊であります。
喪主なんですが、「私嫌」「俺の葬式だからお前しかいないだろう」「アナタ自分で言い出したんだから自分でやりなさいよ」かくして自らの生前葬の司会と喪主を務めることになったわけです。一応葬儀屋さんに相談してみたら、「最近は結構多・・・えっ。自分で喪主!焼香どうするんです?」一切自分で手配しているには色々理由があるんです。私も色々勉強しました。喪主挨拶のスピーチブックを読んでみたんですが、大抵「二分以内で」とありますね。「お越しやす」「死んだ時間」「享年」「安らかな顔」「幸せだったと」「残された私たち」「向こうに食べ物」「感謝」これを繋げるだけなんですね。そういう挨拶を一応考えてはいたんですが、生前葬のお知らせのに大きく赤字で「生前葬です」と書いておいたにも関わらず意味の判っていない顔を眺めるうちにどうにも言い訳がましくなりました。
戒名。これもモメました。「生前に受けたら安い!」「自分で付けたらタダだ!」自分で付けました。これを見たい人はあとでこっそり見てください。
写真なんですが、「カッコよく撮ろうよ」当然です。それで皆で写真屋さんに行きました。例のお見合い写真とか撮る写真屋さんです。私の写真を撮った後、何故か妻が貸衣装ではしゃいでおりまして、どうやらそれが目的だったと気付いたのは請求書を見た時でした。香典、使わせていただきます。
実は生前葬をしたくなった理由があります。これは妻には言っておりませんでしたが、言いたくなりました。少し前、近しい人を亡くしたんです。でもその人の葬儀に行けませんでした。とても影響を与えてくれた人で、ずっと尊敬していました。まだまだ死にはしないと考えていたからろくに連絡を取らずにいたら久しぶりの知らせが「亡くなった」でした。・・・。とても後悔したんです。すごく尊敬していたんです。色々教わりました。少し口煩いと思ったこともありましたが、それは全然不愉快ではなくて、むしろ人間として認めてくれているという喜びの方が大きい・・・感じがしました。男同士の話が出来るようになる少し前に交渉は途絶えましたが、それで遠くなったわけではありません。それくらいで切れるような柔い結びつきではありませんでした。でも彼が死んだことを知らず、彼の葬儀にも行けず、今更御親族の前に出せる顔もなく、一人で墓に参ろうと思っております。正喜。ごめん。俺は君とゆっくり話したかったよ。もう少し大人になって、男同士の話をしたかったよ。早すぎるよ。俺とは違う人生の話聞きたかったよ。俺は、君が亡くなった丁度一年後のこの日に生前葬をして、一旦死んだ気になってこれから精一杯生きるけど、俺が君にした不義理はどうしようもなく償いきれないものだけど、君が最後に与えてくれたのは、俺が一歩大人になる為のきっかけだったと思って生きていくよ。正喜。安らかに眠ってくれ。
・・・失礼しました。あちらの席に心ばかりのお食事を用意しておりますので、どうぞ私の思い出話・悪口・暴露話など聞かせていただければ幸いです。
又向後家族共々、変わらず御指導御厚誼を賜りますよう御願い申上げまして、挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。
- 誓約 03/10/01
これより、新郎鈴口太、並びに新婦吉井万葉の婚姻の儀を執り行います。まもなく新郎新婦の入場です。御参列の皆様方は、御起立願います。
葬送行進曲。入場。引渡し。賛美歌。アーメン。着席。御託。そして、誓いの言葉。
新郎、鈴口太、汝、こちらの女性を娶り、夫婦の神聖なる縁を結ぶことを願いますか。それでは、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、悩める時も、曇る時も、凍える時も、苦しみの時も、疑わしい時も、肥れる時も、空しい時も、怒れる時も、枯れた時も、あがった時も、飽きた時も、立たない時も、短すぎる時も、細すぎる時も、早すぎた時も、長すぎた時も、痛い時も、イかない時も、イけない時も、うんざりした時も、縛られる時も、しばかれる時も、剃られた時も、疲れた時も、突かれた時も、中折れした時も、間違えた時も、浮ついた時も、痒い時も、臭い時も、移された時も、慌てる時も、腐れる時も、崩れる時も、壊れる時も、皺よる時も、これを愛し、これを喜び、これを敬い、これを慰め、これを助け、これを信じ、これを暖め、これを祈り、これを祝い、これを思い、これを想い、これを憶い、これを飾り、これを磨き、これに媚び、これに与え、これに贈り、これに謝り、これに謝り、これに謝り、これに謝り、これに謝り、これに謝り、これに赦して貰えるまで、ごほん。死が二人を別つまで、誠意ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。何故頬が痙攣しているのですか。結婚とはそういうものですよ。そうですか。誓いましたか。誓いましたね。可哀想に。ごほん。
新婦、吉井万葉、汝、以下略ですが、誓いますか?は?新郎は誓いましたよ?今更何を。どうして振り返りますか。誰か来るんですか。映画じゃあるまいし。ああいうのは普通周りが寄って集って食い止めるから無理な話なんですよ。諦めなさい。誓いますか?誓いますか?誓いましょうよ。誓いなさい。誓いなさいって。誓いなさい。誓うべきです。誓うだけです。誓えやコラ。誓っとけ。誓う?誓う?誓う?誓えや。あん?誓う?誓う!ようし。まったくもう。
では新郎新婦共々誓いを立てたこと、これを婚姻誓約書にサインをして下さい。ああああっと。その前に。形だけ聞かなきゃなりませんので。この婚姻に反対の人いますか。はいいませんね。サインをして下さい。続いて素早く指輪の交換をどうぞ。はい、それでは共に誓いのキスを。