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現在地〓閑雲野鶴がらくたごみ同然> 「ギムレットには早すぎる」についての考察


ネタバレ注意! ネタバレなしはこちらへどうぞ

名台詞「ギムレットには早すぎる」についての考察「THE LONG GOODBYE」(1953)から始まった不思議な誤解の環

引用(斜字)は以下から
Raymond Chandler「THE LONG GOODBYE」 PENGUIN BOOK 1959 (ペイパーバック)
レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」ハヤカワミステリ文庫 清水俊二訳 1989 40版(初版1976)

こちらも参考にしました
「THE LONG GOODBYE」 ランダムハウスのヴィンテージブックス 1988 (ペイパーバック)

 私立探偵フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)が殺人事件に巻き込まれる物語。

 この小説はいくら会話の妙とディテイルを楽しむとは言え、以下にある「長いお別れ」の重要な構成トリックを先に読んでしまうとやはり、興醒めする。従って既に読んだことがあるか、この先間違っても読む機会など訪れないと確信のある方のみ、御覧下さい。

 ハードボイルドとは、小説の形式のひとつで、「一人称、本人視点のみ」という約束の下に書かれた物を言う。記述は一人称だから、「私は言った」「私は聞いた」「私は殴られた」となり、このTHE LONG GOODBYEに於いては「主人公=I=語り手=マーロウ」であり、マーロウのいない場所で起こった出来事は、全て他の人物からの説明によってなされる。つまりどこかで起こった出来事は、それを知る人がマーロウに話す場合にのみ、マーロウと読者に知らされる。これがハードボイルドの前提だ。

'I suppose it's a bit too early for a gimlet', he said. ペンギンブック版
"I suppose it's a bit too early for a gimlet", he said. ランダムハウス版
「ギムレットにはまだ早すぎるね」と彼はいった。 ハヤカワミステリ文庫 清水俊二訳

 ハードボイルドのお約束を知っているならば、52章末にあるこの有名な台詞の尻にある「he said.」「彼はいった。」は、マーロウ視点から見て、「彼は言った」わけだから、この台詞はマーロウの台詞ではないことが明らかである。マーロウが言ったならば、「I said.」となるか、略すからだ。

 原書を一通り読んでみて、参照しながらでも三日掛かったのだが、「he said.」でマーロウの台詞である事例はない。一人称だから当然である。saidが略されているものは、誰が喋ったか明白な場合とマーロウの台詞である場合のみ、「he said.」が付く「I suppose it's a bit too early for a gimlet.」だけを特別扱いしてマーロウの台詞であるとこじつけるには無理がありすぎるのだ。

 さて、ではネタバレを含む粗筋を紹介しよう。繰り返すが、ネタバレがある。覚悟召されよ。


〜あらすじ〜

 私立探偵フィリップ・マーロウは、あるときテリー・レノックスと知り合いになり、度々一緒に酒を飲むようになった。いつも五時頃、レノックスがマーロウの事務所に来て、連れ立ってバーへ行く。レノックスはギムレットの作り方に対するこだわりがある。

 ある時点からしばらくレノックスは姿を見せなかったが、突然朝の五時にマーロウの家に来て、銃口を地面に向けた拳銃を握って震えていた。メキシコへ行かねばならないが(日本から見ると台湾あたりへ高飛びのイメージだろうか)事情があって交通機関は使えない。車で送ってくれないか。

 送り届けて後、警察に拘留されたマーロウは、レノックスの妻が誰かに殺されたことを知る。やがてレノックスがメキシコで頭を撃って自殺したという知らせとともに釈放される。

 そしてメキシコから手紙が届く。事件についても僕についても忘れてくれ。その前に僕の為にいつものところでギムレットを一杯やってくれ。ではさよならだ。

 それからもうひとつ殺人事件が発生し、ふたつの殺人事件の真犯人は自殺する。二人殺されて二人自殺した。なんともやりきれない話だ。しかしどこか割り切れない話でもある。

 時が流れ、ある金曜の朝、マーロウの事務所で見慣れない男が待っていた。レノックスの友人であるランディ・スターの紹介状を持っていたのは、サングラスをかけたメキシコ訛りの完璧に近い英語を話すシスコ・マイオラノス、レノックスの最期について話すことがあるという。

 マーロウは話の矛盾を突き、推理を展開する。レノックスは偽装自殺をしただけで今も生きているだろう。マイオラノスは(整形手術をしても服装の趣味を変えても、変えることの出来ない瞳の色を見せるべくサングラスを外しながら)、かつてはいつも五時頃から連れ立って飲みに行っていたことを踏まえて、午前中に会いに来たマイオラノス(レノックス)は言うのだ。

'I suppose it's a bit too early for a gimlet',  「ギムレットには早すぎるようだね」


 粗筋を読んでしまいましたか。しかしこの粗筋でも過程を端折っているので、ギムレットかジンライムかは判らないようにしてあるつもりだ。実際に読んでみると納得するだろう。

 また、3章でレノックスが開陳したギムレットの作り方に対して、こう答えている。「ぼくは酒に関心を持ったことがない。・・・」以下そちらから証明してみよう。マーロウは、この「THE LONG GOODBYE」の中で、どんな酒を飲んでいるか。


○まずは3章のやりとりから。

私たちは<ヴィクター>のバー隅に坐って、ギムレットを飲んだ。「ギムレットの作り方を知らないんだね」と、彼はいった。「ライムかレモンのジュースをジンと混ぜて、砂糖とビターを入れれば、ギムレットができると思っている。ほんとのギムレットはジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、ほかには何も入れないんだ。マルティニなんかとてもかなわない」
We sat in a corner of the bar at Victor's and drank gimlets. 'They don't know how to make them here,'he said.'What they call a gimlet is just some lime or lemon juice and gin with a dash of sugar and bitters. A real gimlet is half gin and half Rose's Lime Juice and nothing else. It beats martinis hollow.'
「ぼくは酒に関心を持ったことがない。(略)」
'I was never fussy about drinks.(略)'

○上のすぐ次の段落で、最後の「早すぎる」に繋がるくだりもこの3章に出てくる。五時頃レノックスが来る習慣になったとある。

その時から、五時ごろに私を訪ねてくるのが彼の習慣になった。いつも同じバーに行ったわけではなかったが、<ヴィクター>へは一ばん多く足を運んだ。
From them on it got to be a sort of babit with to drop in around five o'clock. We didn't always go to the same bar, but oftener to Victor's than anywhere else.

○5章では、朝の五時にマーロウの家に来て拳銃を握って震えていたレノックスに飲ませる為、棚からオールドグランダッド(Old Grand dad)の瓶を出している。マーロウがギムレットに拘るならば、ここはジンであるべきなのに、これはバーボンだ。

○12章、メキシコから来たレノックスの手紙の一節。レノックスがギムレットに対する感傷的な思いを著している。

(略)だから事件についてもぼくについても忘れてくれたまえ。だが、そのまえに、ぼくのために<ヴィクター>でギムレットを飲んでほしい。それから、こんどコーヒーをわかしたら、ぼくに一杯ついで、バーボンを入れ、タバコに火をつけて、カップのそばにおいてくれたまえ。それからすべてを忘れてもらうんだ。テリー・レノックスのすべてを。では、さようなら。(略)
(略)'So forget it and me. Bat first drink a gimlet for me at Victor's. And the nexttime you make coffee, pour me a cup, and put some bourbon in it be side the cup. And after that forget the whole thing, Terry Lennox over and out. And so goodbye.(略)

○13章、マーロウはバーで出版屋ハワード・スペンサーと待ち合わせて相手が遅れている時、スコッチを飲んでいる。

としをとった給仕がそばを通りかかって、残り少なになったスカッチと水を眺めた。
The old bar waiter came drifing by and glanced softly at my weak Scotch and water.

 「生のスコッチとチェイサの水」なのか、実は「スコッチの水割り」ではないのかという疑問はさりげなく忘れて次へ進む。

○13章、遅れて来たスペンサーは、ジンアンドオレンジ(gin and orange)が好きだと言い、つきあっていただけますかとの言葉にマーロウは頷いている。飲んでみるが不味かったらしい。もう一杯ずつ頼んだときは、手をつけていない。

○13章、オフィスを占めたマーロウは<ヴィクター>でギムレットを飲もうかと考えたが、気が変わり、<ローリー>でマルティニ(martini)を飲んで食事をしている。

○22章で、<ヴィクター>のバーテンが以前レノックスの言ったことを覚えていて、ローズのライムジュースを仕入れたことをマーロウに告げている。

○24章、作家のロジャー・ウェイド宅で行われたカクテルパーティでは、スコッチを飲んでいる。

○29章、再びウェイド宅で、スコッチを瓶からラッパで流し込んでいる。ちなみに宿酔した。

○31章、自宅で冷たいカクテル(mixed a tall cold one)を少しずつ飲んでいる。

○34章、ウェイド宅でビールを飲んでいる。

○38章、つよいカクテル(mixed a stiff one)を飲み干している。

○41章、スペンサーが泊まっているリッツ・ビヴァリーの部屋でライウィスキィのサワー(rye-whisky sowr)を注文したが、飲む機会はなかった。

○42章、ロジャー宅でバーボンのオンザロック(Bourbon on the rocks)を飲んでいる。

○46章、<ヴィクター>で、ビターを少し余計に入れたギムレットを飲んでいる。

○48章、自宅で酒(had the drink)、そのあとアルコールの少い飲物(mixed another mild drink)を飲んでいる。

○49章、自宅でシャンペン「コルドン・ルージュ」(champagne Crdon Rouge)を飲んでいる。


 如何だろう。スコッチ、バーボン、ビール、シャンペン、その他不明なカクテル、当然ギムレットも飲んでいるが、ギムレットを数に入れるならば、同じかそれ以上の割合で出てくるコーヒーと、ほか紅茶、コーラも参考資料として添付したい。つまりマーロウは、3章でレノックスに告げた通り特定の酒にこだわることはない。場面や状況によって相応しい酒を選んでいるようにも見えるが、それは格別ギムレットに対する思い入れがないことを意味する。勿論レノックスについてはギムレットと裂き難い印象で結びついているから、「ギムレットには早すぎる」はマーロウが口にしてもおかしくない台詞だ。そうであっても不思議ではないし、そうであったらすっきりすることも事実だが、この台詞はやはり、いつも事務所に来て、ギムレットに対する思い入れのあるレノックスが言ってこそ映える台詞なのだ。

 そもそもジンとは、オランダ発祥と言われているが、イギリスで爆発的な人気となった酒であり、ドライジンを使ったカクテルのレシピは多くイギリスで生まれている。レノックスの過去がイギリスと関係していることも、この物語の中のギムレットに意味を持たせているのだ。


 だから整理すると、

・マーロウは酒に対するこだわりは特にない。
・ギムレットにこだわっていたのはレノックス。
∴この台詞はレノックスの発したものである。

・ただしレノックスは偽装自殺したので、今ではメキシコでシスコ・マイオラノスと名乗っている。
 朝にマーロウの事務所で待っていたシスコ・マイオラノス(テリー・レノックス)は、
 「やあ久しぶり。実は僕、レノックスなんだ」とは言わず、
 かつては五時から飲みに行っていたことを踏まえて、
 五時より随分早くに事務所へ来たマイオラノス(レノックス)は言う。

'I suppose it's a bit too early for a gimlet', 
「ギムレットには早すぎるようだね」


 というのが、ネタバレを含んだいささか冗長な考察だ。念の為に付け加えておくが、ハヤカワミステリ文庫清水俊二の正規訳は、「ギムレットにはまだ早すぎるね」である。

 ついでに10章末の「ものまねどり」とは、「mockingbird:マネシツグミ」のことだ。ではそろそろ締め括ろうか。最後は無意味なパロディを置いておく。

故人であるレイモンド・チャンドラーのためには、≪閑雲野鶴≫は皆の衆が『長いお別れ』が名作であることを認め、いささかの誤解があるにしてもマーロウに言及されることについて感謝の意を表したい。"ギムレットには早すぎる"という台詞はマーロウが言ったものではなく、マーロウが言われたものである。そして彼がいかなる感情をもってこの台詞を耳にしたかはわれらごとき博識ならざる者には今もって明らかではない。しかしそのことにはここでは触れまい。たしかに気のきいた台詞であったし、問題の焦点を紛らせることに大いに役に立った。手前もまた、皆の衆によって名作の折紙が付けられた『長いお別れ』から引用することを許されていいであろう。その台詞はたまたまマーロウによって口にされたものである。━━━"手数を惜しまずに訊いてみれば、たいていのことはわかるということを知らない人間が多いんです"


「THE LONG GOODBYE」 PENGUIN BOOK 1959 (ペイパーバック)
「THE LONG GOODBYE」 ランダムハウスのヴィンテージブックス 1988 (ペイパーバック)
「長いお別れ」ハヤカワミステリ文庫 清水俊二訳 1989 40版(初版1976)

を参考にしました。

追:不勉強にしてアルトマンが監督した映画「THE LONG GOODBYE」は見ていないのだが、ラストの台詞が多少違うらしい。いずれ確認しなければならない。もしマーロウの台詞になっていたならば、そのことを記しておかねばならないからだ。

追々:まだ見ていないのだが、なんとチンピラ役でアーノルド・シュワルツェネッガーが出ているようだ。これは・・・是非見てみたい。



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