「魚偏の漢字、もっと自由に作ろうよ」

「その結果が現在の混乱に反映されている」

魚偏　03/12/26

　漢字について色々調べる機会がある毎に字書を繰るわけだが、どうしても目に付くのは鳥偏魚偏などの字であって、しかしここに踏み込むと大層危険な予感がするので素通りしていたのだが、「魚偏」について書かれた本を見て、その意を更に強くした。

　魚偏の漢字、諸字収録した諸橋大漢和五万字の中に幾つあるでしょうか。丹念に数えた人がいるもので、その数なんと六百八十三。アラビア数字で６８３。当然原字異体字含めての数であるが、それでも気が遠くなるには充分だ。最も魚偏の漢字に執心した人の中には1006字集めた人もいるというから底が抜けている。ちなみにIME2000の7.0.1では192個収録されている。

　そもそも魚は全世界で確認されているのが約二万種いるのだから魚を表す字も二万個必要な計算になるが、同種同属で冠を同じく付属語で別を図っても、鰤のような出世魚がその努力を軽々と押し潰している。出世魚であるのみならず関西と関東で呼び方と字が違うから話は混迷が進む。近頃は養殖と天然での使い分けというあたりに収束しているようだが、方言にひとつひとつ字が充てられていたり魚そのものではない例えば「鰐」何故こいつが魚偏なのか理解に苦しんだり、つまり魚偏の字は魚そのものではなくて魚周辺を指していることも多いから、実際に魚偏の文字の数と魚の数の鬩ぎ合いが続く。

　騳、魚偏に馬と書いて何と読むか。海馬と書いてタツノオトシゴと読むのはその形が馬頭形であるからだが、横に圧縮宜しく「魚馬」は「うみえび」と読む。クルマエビ類の小さな海老らしいが別段馬である必要はないかに思える。魚偏に星と書いて「鯹」「セイ、なまぐさ・い」と読むが、これもヒトデに変更しろよと言いたくなる。長良川で有名な「鵜」はまた魚偏に鳥「鰞」とも書く。魚偏に鳥ならトビウオでいいじゃないかと考えても「飛魚」があるから仕方がない。それならこれを圧縮して「魚偏に旁が飛」にすればよいでないかと思うじゃないか。

　考えてみると何も一字で表す必要はないのだが、一字だけで魚を表したくなる不思議な感覚は大いに理解出来るから、そして似た考えの者が大勢いるだろうからこそ日々魚偏の字が増え続けている。諸橋大漢和では「読み方の判らない字」「意味の判らない字」「読み方も意味も判らない字」も収録されているから大変なのであって、683字の中には「そういう字がかつてあったが今はどうすることも出来ない」というだけのものが多い。これらの字の旁から適当な字のない魚に当ててゆけばよいのだが、そういう遊びはまた暇な折にでも取り組むことにする。

　ところで平目と鰈の区別が「左平目に右鰈」とは単なる俗説で、ヌマガレイは左目であるしボウズガレイは両刀であるからして、目の付け所が間違っていると言える。つまり平目と鰈の見分け方は目でなくて口なのだ。平目の口は大きく鰈の口は小さい。その理由は小口の鰈の餌はゴカイ・イソメに対して大口の平目はアジ・エビ・イカなどを食べるからであって、それを知ったら「平目と鰈どちらが好きか」の問いに答え易くもなろうものだ。

魚偏いろいろ　04/01/01

　「魚偏に飛」でトビウオにすればよいではないかと気焔を上げたが、諸橋大漢和の683字を一通り見た中に、そのままの字でそのままの意で載っていた。これは照れるね。

　大体683字ある中で同じ魚を指している場合がかなり多い。元々漢字とは漢の国の字であり、そして漢の国は大陸であったから魚関連の文字よりも羊関連の字が発達し、それが継承されているから日本では国字として魚偏の文字が増えた。その過程で同じ字が中国と日本で違う魚を指す状況が生まれる。「鮎」、これ日本では「アユ」であって他の何でもないが中国では「ナマズ」を指す。専門書ならば「鯰」もナマズを指すらしいが、発音が同じ「にぇん」であり、一般的には鮎をナマズと表記しているそうだ。「鮭」はフグのことらしいし、「鱧」はライギョ、「魚偏に長」と書いても「ハモ」を指す字になるのは共通か。「鯊」はハゼではなくてサメを指すらしいし、「白魚」に至っては魚ではなくて「紙魚」を意味するという。

　意味の乖離は意思の疎通に齟齬を来すから可能な限り避けたいが、魚に限らず生で食べる事に抵抗のある国で魚関連の文字が置き捨てられたのは仕方のないところであるし、魚の漢字は日本で引き受けてしまおうじゃないか。

　明治以降は江戸前寿司が「鮨」、大阪寿司が「鮓」なのだが、厳密に区別を意識する者はいないだろう。和歌山に「江戸前　播磨寿司」品書きには箱寿司と柿の葉寿司があるという相当壊れた店がある。

　一般に季節を感じる旁で構成されている魚偏の漢字は、その季節がすなわち旬であるという法則があるから、だからその構成になったのだが、「鰆」は春が旬、「鰍」は秋、「鮗」は初冬、「秋刀魚」は当然秋、「鱈」は冬と至極便利である。

　酒の中に魚を放り込むと水面に浮いてきて必死で酸素求めますな。少々残酷ですが、そのままハブ酒の要領で往生させてみる。これをですね、そのまま炙ったら美味そうだと思いませんか。ところで魚は酔うのだろうか。生簀にはよく真っ直ぐ泳げずふらふらになっている瀕死の奴がおりますが、あれよりは酒でふらふらになった魚の方が遥かに唾が涌きませんか。何ならその酒ごと煮込んで出汁を取る手もありですな。強靭な精神力で生き続ける奴がいたらどないしますか。いいじゃないですか新鮮ですもの炙りましょうよ。

魚偏うろうろ　04/01/17

　魚偏でありながら魚に関係のない文字が結構ある。

　魚偏の漢字、魚そのものを指すもの、加工した魚を指すもの、魚の体の一部を指すもの、こじつければ関係あるもの、魚と全く関係ないもの、字が残っていても意味不明であるもの、に分類される。最も多いのは当然魚そのものを指す漢字だが、これは多すぎるので外堀から埋めてゆこう。魚偏で人名のものを抜き出してみる。これはさすがに少ない。

人偏に魚、しかし魚の下の「灬」が「火」　読みは「不明」
魚偏に「牙」　読みは「不明」
魚偏に「玄」　読みは「コン」
魚偏に「系」　「コン」
魚偏に「堯」　「南方種族の名」
魚偏に「間の切れた草冠」「口口」「隹」　「カン」

　人名でありながら読みが不明なのは、古代中世中国の人名として記録には残っていても既にその血統は途絶えていてその名を持つ人がいないことを示している。本場の研究者が調べたらあっさり判明するかもしれないが、ここでは諸橋大漢和辞典に寄り掛かっているのでここが限界だ。また諸橋大漢和でさえ不明な程の漢字であるから当然変換などされる筈もない。

　読みが残っているならば現存する名かもしれない。しかし簡体字政策でこれらの字は統廃合されたことだろうから魚偏は消えてしまったおそれもある。既に読むことが出来ないならば使う機会もなかろうと思う所に喝を一発、何かの魚を当てればよいではないか。

　「南方種族の名」、これは調べれば判明するかもしれないが、その種族が滅んでいたら難しいだろう。

魚堯　04/02/16

　「魚」偏に旁が「堯」の「魚堯」を圧縮した字は「南方種族の名」とあって、これを調べてみると「苗族」のことであった。「魚堯」は「ベウ」つまり「ビョウ」である。ビョウ族とも呼ぶが一般には「苗族・ミャオ族」の方が通っている。

　平凡社の世界百科事典を参考にしながら、ミャオ族は中国の貴州省をはじめ湖北、湖南、広西などからインドシナ半島ヴェトナム・ラオス・タイ・ビルマなどに遍在する民族で、人口は四百万人とも七百万人とも推定されている。元々「ビョウ」とは古代中国が南方の未開民族に付けてきた名称であって、ある単独の民族を指したわけではなく、幾種かの民族が含まれているという。タイ族やロロ族に対しても苗族と呼んだ場合もあるそうで、広義の「苗族」は少し大き過ぎて余る。

　狭義の苗族として純苗と呼ばれるのが「紅苗」「黒苗」「白苗」「青苗」「花苗」の五つがあり、服装の色で区別される。他にも鴉省苗や川苗、大花苗・小花苗などもあって、ここに調査分類マニアには堪らない魅力があるらしく、欧人の好き者がが今も延々調査を続けられているらしい。

　言語が統一性に欠けるのはその歴史上仕方のないところで、苗族の大元は殷・周代の鬃（ソウ）人と考える説がある。ソウの字は上に「髪」下に「宗」を重ねる字だ。何か神話時代級の古さで戦いに敗れて小部族に分かれながら南下し、当地の部族と戦いまた融合して現在に至るという。文法上日本語と同じ孤立語として分類されているのはまだ正確な成立事情が解明特定されていないからで、語彙は中国語の影響が強いという。

　山岳地帯に住み、焼畑耕作をして小麦玉蜀黍蕎麦を主食とするらしいから、不思議な親近感が湧くではないか。

　難しい事は知らなくても銀細工、プリーツスカートと言えば判る人もいるだろう。伝統民族工芸などの世界では有名だから、「苗族」を見て、「なえぞく」とは読まないように注意されたし。「ミャオ族」だ。年嵩の人なら「ビョウ族」で通じる可能性もある。

　また、とある本場のサイトを見て、機械翻訳にかけてみるとこうなった。

「服飾の各地はすっかり同じではないで, 男子のいろいろな用途のぬのの包頭, 短い着物のズボンを着ています. しかしミャォ族の婦女の服装は全面的に比較的に重んじて, 特別に盛装で, きわめて精美. あるでスカ-トから名前の「プリ-ツ.スカ-ト」だかあるたか. 着物のスカ-トの上の方はつくるさまざまな図案をぬいとりします. 古色そう然としていて, 珍しい色の分は呈しています. 婦女は紡織、刺しゅう、　染め、工芸が非常に詳しくて深いことが上手です. 」

魚偏おろおろ　04/02/28

　魚偏貝類特集、例によって括弧内はひとつの文字なので圧縮した字を想像すること。

魚偏に亢　「魚亢」　コウ　大きい貝
魚偏に丰　「魚丰」　ホウ　おおはまぐり
魚偏に丙　「魚丙」　ヘイ　どぶがい
魚偏に甘　「魚甘」　カン　あかがい
魚偏に包　「鮑」　ホウ　あわび
魚偏に吉　「魚吉」　キツ　どぶがい　はまぐり
「魚偏に大に彡」　ホウ　ボウ　おおはまぐり
魚偏に利　「魚利」　リ　あさり
「魚偏　右上に人　右下に虫」　カン　どぶがい
「魚偏　右上に人　右中に一　右下に虫」　カン　どぶがい
魚偏に奏　「魚奏」　ソウ　どぶがい
魚偏に皇　「魚皇」　コウ　ひがい
魚偏に豪　「魚豪」　フク　とこぶし
「魚偏に腹の旁」　フク　とこぶし　
「魚偏に腹の旁の下が夂ではなく又」　フク　とこぶし　あわび　
「魚偏に朿の下が貝」　サク　貝の一種
魚偏に責　「魚責」　シャク　セキ　サク　小さい貝

　どうも少ないので見落としが多数あるかと思うが中国ならば貝と接する機会は少なくてこんなものかとも思う。

　「魚責」は小さい貝を指し、また「虫責」と同じ字。貝は虫扱いらしい。だから「蜆　しじみ」、「蛤　はまぐり」、「蛎　かき」などは虫偏なのだ。「貝といえば舌」だからと考えて「虫偏に舌」の「蛞」という文字は何かと調べてみたら、「なめくじ」であった。不承ながらも納得せざるを得なかった。

　重複、異体字が多い。諸橋大漢和は元々中国の古典から多く採っているので、時代を経て異体字の増える事は仕方のないところだがもどかしい。そして魚偏の文字を一通り見て感じたことは、一字一義とは限らず、むしろ一字多義の事例が数多くあるということ。従って以降重複してもその字は二つ以上の意味を有するまたは有していたと解されたい。

　仕切り直して順番に片付けたい気もするのだが、いくら辞書に著作権が認められていないとは言え、そのまま引き写すことはせず、このまま分野別に抽出しながら再編集して、結果的に分類表となる形を目指すとしよう。

鰥　04/03/29

　「鰥」という漢字がある。魚偏に四に水の字だが、四は目であって、つまり魚に目と水で「眔・なみだ」の旁で「やもを」と読む。

　「やもを」とはつまり連れ合いに先立たれた男のことで、「男やもめに云々」という言葉もあるが、やもめの「め」は女であって、男の場合古くは「やもを」であった。「やもめ」の方の漢字は「寡」を使い、これは寡婦の字で見ることもある。これを繋げると鰥寡となり、「かんか」と読む。老いて妻のない者と老いて夫のない者のことで、孤独な様を指す言葉でもある。

　また「孤独」とは、分解して「孤」がみなしご、独は古く「獨」でひとりもの、つまり「幼く親のない者を孤」、「老いて子のない者を獨」が元々の意味であり、これらは似通った意味となっている。である以上当然全部繋げた言葉もある。「鰥寡孤獨」をとこやもめと後家とみなしごとひとりもの。合体すれば上手く歯車が噛み合う気もするのだが、噛み合わないからこその状態とも言える。「鰥居」は老いた男の独り暮しで、「鰥鰥」は目が冴えて眠れない様子など、不思議な印象のある字であって、何故これが魚偏なのかが気になる。

　「鰥」はまず大魚の名と規定されている。「鰔（かれい）の別名」とあるが、鰈がそれほど大きくはならないことを考えると、これは鮃ではないだろうか。ベーリング海のオヒョウがそれらしき雰囲気を持っている。成長し齢を重ねたオヒョウからやもめを連想するのは割に簡単なことだから、それなら納得がゆく。

　しかし「河で釣り上げる」なる記述があるので違う可能性も考えられる。何よりも中国と日本では魚偏の字と意味が食い違うことが多々あり、また現代中国と古代中国でも意味が変わっている可能性もあり、更に古い時代の中国では必ずしも同じ魚を指していたという保証さえない。

　ただ、大きい魚を見て「そこまで年をとると連れ合いは既にいないのだろう」と考えたであろうことが僅かに察せられるのだ。

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